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理事長:中條薫  ご挨拶


 児童養護施設羽曳野荘は、終戦後、養護施設を卒業した子どもの職業訓練を目的に設立されました。そのころは、中学卒業後、社会に巣立つのですが、中々職場への定着ができませんでした。その原因は、子ども達が社会に巣立つ準備ができていないとし、手に職を付けてから社会におくりださなければいけないと判断しました。そこでは「為すことによって学ぶ」「生活即学習」の基本理念に基づき、子どもと職員が、田畑を耕し、木工、裁縫等の生活実践を行ってきました。平成24年まで生活した建物は、卒業生が設計した建物でした。また、学校から帰宅して、また学校のような生活はいけない、家庭に近い生活の実現を目標に、子ども達の数も28名と、家庭を意識した生活にこだわりました。
 時代の変化とともに、施設で生活する子ども達の状況も様々ですが、子ども達がまずは安心安全で日々生活が送れること、それぞれの年齢発達に応じた養育支援が受けられること、そして子ども達の夢の実現ができる施設を目指し、子ども達・職員とで「穏やかに暮らそう」をテーマに取り組んでいきたいと考えております。
 また、近隣住民の皆様、地域にとっても必要な福祉施設として、さまざまな取り組みを行っていきます。 社会・地域で困っている子ども達をはじめ、地域の皆さんとともに少しでも「幸せな暮らし」を作るお手伝いをさせていただきたいと考えています。



羽曳野荘のあゆみ



昭和25年4月
創設者山根敦美が財団法人羽曳野荘設立を大阪府に申請する。 創設時
昭和25年5月
財団法人羽曳野荘が運営する養護施設の設置を大阪府知事より認可される。
(大阪府指令第479号)
初代園長山根敦美
 
昭和25年5月
財団法人羽曳野荘が認可される。
(大阪府指令民社第345号)
理事長山根シズエ
 
昭和27年4月
社会福祉事業法附則第12項の規定に基づき、財団法人羽曳野荘から社会福祉法人羽曳野荘へ組織変更を認可される。  
昭和29年4月
事業奨励のため金一封を下賜される。  
昭和36年9月
第二室戸台風で木造建物が被害を受け、炊事場等の改修をする。  
昭和36年9月
初代山根敦美園長退任し二代中條誠壱園長就任。  
昭和37年5月
初代山根シズエ理事長退任し山根敦美理事長就任。  
昭和41年3月
老朽民間社会福祉施設整備の許可を得て鉄筋コンクリート二階建てに改築落成する。
(国庫補助・大阪身障者未亡人福祉事業協会助成)
昭和42年10月
山根敦美理事長退任中條誠壱理事長就任。  
昭和50年12月
洗濯室・炊事室・保母室の改造工事。
(中央競馬社会福祉財団助成)
 
昭和56年4月
中條誠壱理事長退任中條敬理事長就任。  
昭和58年3月
中條誠壱園長退任中條敬園長就任。  
昭和59年3月
職員寮老朽のため鉄骨造二階建に改築する。
(中央競馬社会福祉事業団助成)
 
昭和60年5月
創立35周年事業をする。
(増改築・創設者初代園長山根敦美胸像)
 
昭和61年2月 
社会福祉施設等施設整備の認可を得て増改築し、落成する。
(国・府助成)
 
昭和62年4月
定員28名から定員30名に変更を承認。
(大阪府指令児1335号)
 
平成2年3月
市道はびきの49号線用地として、法人所有地の一部185.56uを羽曳野市に売却する。  
平成2年5月
羽曳野病院用地300uを法人用地として取得する。  
平成8年4月
子育て支援短期利用事業として、子育て相談、ショートスティ事業を開始する。  
平成10年9月
社会福祉施設等施設整備の認可を得て拡張及び大規模修繕工事を実施する。
(国・府助成)
 
平成10年11月
第1回チャリティ蕎麦会を実施。
(湯遊友代表岡藤茂夫氏、高橋邦弘氏他の援助によるもの)
平成15年3月
羽曳野病院用地873.01uを法人用地として取得する。  
平成16年4月
心理療法を開始する。  
平成19年4月
中條敬園長退任中條薫園長就任。  
平成22年6月
大阪府知事より優良法人表彰を受ける。  
平成24年3月
社会福祉施設等耐震化等臨時特例基金により児童棟建て替え工事を実施する。
(国・府助成)
平成28年7月
中條敬理事長退任中條薫理事長就任。  
平成29年3月
プレハブ倉庫老朽化のため建替えを実施。   
 






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